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クロアチア旅行記(14年6月) ブログトップ
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ドゥブロヴニク その8 [クロアチア旅行記(14年6月)]

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ドゥブロヴニク編はこれにて終わり。
戦争資料館の屋上は内戦当時とそれほど変わっていない雰囲気だった。
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天気雨か向こうボスニア・ヘルツェゴビナあたりは雨のよう。
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同じところの写真がありました。
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砦付近に放牧されているのか牛がいた。
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ロープウェイで戻ってアイスクリームを頂いて集合場所に戻る。
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ドゥブロヴニクのすぐそばのレストランで食事。未だかつて経験したことのない美しい場所だった。
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ドゥブロヴニク その7 戦争資料館 [クロアチア旅行記(14年6月)]

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ドゥブロヴニク、スルジ山山頂、この地域一帯で行われた戦争資料館にて一枚。(クロアチア独立戦争、クロアチア紛争、独立紛争等、表記さまざま。)マニアックな話が続きます。
撃破されているのはクロアチア派(赤白チェックの模様はクロアチアの国章『シャホヴニツァ』)のT-34/85戦車。
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撃破してポーズをとるのはクロアチア独立派の武装勢力だと思うが、敵はもともとユーゴスラビア連邦の同じ国の人間同士だった人たち。武器も装備も似たようものだったと推測する。セルビア語とクロアチア語は方言程度しか変わらない。
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第二次大戦中のアメリカ軍駆逐戦車M36ジャクソン。オープントップの砲塔に砲弾の破片対策か鉄板を追加したユーゴ軍仕様。チトー独裁政権中は冷戦中なのに中立を取っていたためにソ連、アメリカ両方から兵器を輸入していた。
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上の写真の兵士のヘルメットは東ドイツ軍なのに迷彩服は西側の影響が強い。下はユーゴ軍のヘルメット。アメリカ軍ともドイツ軍とも違う。
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兵器マニアには興味深いMG42。
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トリガーもグリップもないや…。
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ツァスタバM76狙撃銃(ユーゴスラビア製)
こういった兵器も内戦終了後は安価に海外へ流出してテロに使われたりといいことはない。
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砲撃着弾の跡を地図に書いたもの。
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ドゥブロヴニク その6 スルジ山 戦争資料館 [クロアチア旅行記(14年6月)]

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ここから自由時間で内戦資料館のあるスルジ山(412m)山頂へと向かう。一旦ドブロブニク城壁の外に出てロープウェイで一気に山頂へ。人の足で登るとなると1時間ほどかかるという急こう配。内戦時には破壊されたが2010年に再開されたとか。
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山頂は資料館の他に山頂からの絶景を楽しむレストランなどもあって綺麗な印象だった。対照的に内戦時の砲撃にも耐えた資料館はボロい印象。
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スルジ山山頂から北へ5kmも行くと国境なので向こうの山はボスニア・ヘルツェゴビナ領かな?麓のドブロヴニクとは一変静かな山頂。
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ナポレオン軍の占領時(1806年~1816年)に要塞として建築された建物はある意味歴史建築なのだが内戦時はドブロヴニクを一望できる要所にもなるので、ここでクロアチア独立派武装勢力はユーゴスラビア連邦軍と激しく抵抗したそうだ。
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チケットを購入して入る。中はうす暗く少し涼しい。兵器の展示もある。兵器に詳しい人が見ればわかると思うが第二次大戦中のアメリカ軍兵器(トンプソン・サブマシンガン)ドイツ軍(kar98kライフル、MP40)ソ連軍(PPSh-41)や、戦後東側兵器(AK47、RPG)にユーゴスラビア連邦製兵器(ツァスタバM70)と多種にわたる。兵站の考え方では銃器の弾丸の規格口径、部品が多いと大混乱を招くので嫌われると思う。
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ここを守り切った民兵?のスナップ写真が色々。
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このスナップと同じ場所が資料館の中にありました。当時たった20年ほど前の話。
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砲撃を受けるドブロヴニクの街の様子のTV報道やドキュメンタリーの上映もやっていました。
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ドゥブロヴニク その5 [クロアチア旅行記(14年6月)]

城壁を登ってみた。その2。
城壁から見るドゥブロヴニクは美しいのだが、日影が全くないので非常に暑くなる。
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先込め式大砲。
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ドゥブロヴニク その4 [クロアチア旅行記(14年6月)]

週末忙しい!
ドゥブロヴニク城壁を登ってみた。
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ドゥブロヴニク その3 [クロアチア旅行記(14年6月)]

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ルジャ広場にある大聖堂。
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オノフリオの小噴水。この日、6月にして非常に暑かったのでハンカチを濡らして汗をぬぐった。
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ルジャ広場。
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スポンザ宮殿。
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プラツァ通り。歩いてみれば端から端まで300mほどだ。
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集合場所の埠頭。ここから自由時間。
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一旦戻って伝統衣装でお土産を売る人。欧羅巴の女性の民族衣装はどれも綺麗。白地に赤い刺繍が特徴的。
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建築様式がある時代になると、女性のスカートの裾から足が見えるのを嫌い手すりの下に隠すよう石材が追加されるようになったとか。
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ここから城壁上を登ってみた。チケットを購入して入れる。
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城壁を巡る際には帽子が絶対必要。極端に日陰がなくなるし、お土産売り場も少ないので水分補給が必要になってくる。
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ドゥブロヴニク その2 [クロアチア旅行記(14年6月)]

週末忙しい…。
ドゥブロヴニクの城壁内に入るといかにも観光地といった景色が広がる。
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オノフリオの大噴水。
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大道芸の人。お金を入れると少しサービスしてくれる。

こういった美しいところも紛争の被害が多かった場所だと聞くと複雑。
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プラツァ通りを行く。
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ユーゴスラビア連邦軍(セルビア・モンテネグロ)の砲撃で火事になった商店。同じ場所で撮られたもの。
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クロアチアの伝統衣装を着た人。左。
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旧総督邸。アーチの装飾が素晴らしい。
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ドゥブロヴニク その1 [クロアチア旅行記(14年6月)]

久しぶりの更新!週末忙しい!!
スロベニアにもドブロブニク(Dobrovnik)という地名がありますが無関係です。
ドゥブロヴニク(Dubrovnik)です。
Wikipedia『ドゥブロヴニク
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朝ホテルを出発バスで20分程。ドゥブロヴニク市内へ。
一大観光地で港街でもあるので海から陸から人がたくさん集まる。
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バスは一旦通りすぎてビューポイントから写真撮影。
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日本語があるとうれしくなるね。そこは『ようこそ』が正解だが…
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バスから降りて観光開始。
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城門前。
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ドゥブロヴニク東側のスルジ山(412m)ナポレオン軍が街を占領した際に立てた十字架が見える。クロアチア内戦の際には拠点にもなった。山頂にはその要塞が紛争資料館として公開されている。そこにも訪れたので詳細はまた後日。
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内戦の際に砲撃を受けた着弾点を記した地図。7ヵ月の包囲で114人が死亡している。
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ボスニア・ヘルツェゴビナ入国、ネウム→ドゥブロヴニクへ。 [クロアチア旅行記(14年6月)]

スプリットを後にした。
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クロアチアはアドリア海に面するところは入り江も多く、小さなビーチが多い。「ヌーディスト・ビーチ」の起源ともなったのは、このクロアチアのプライベートビーチで起こったことらしいです。
ガイドさんによると、とある女優さんが自身のプライベート・ビーチで全裸になって日光浴をしたことが報道され、話題に。生まれたままの姿で太陽の日差しを浴び、解放感を味わうことへの一部のナチュラリストの希望が一般の人へも伝わり、ヌーディスト・ビーチが誕生したということです。そういったところは原則衣類の禁止、もちろんカメラ撮影も禁止ということでプライベートが守られる場所でもあるとのことです。
ビーチの写真はバスの車窓から撮ったものです。
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アドリア海沿岸には地形を利用して海賊も多く出没していたとのことで、その拠点だった遺跡もあります。瀬戸内にもそんな話がありますね。
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ここがボスニア・ヘルツェゴビナの国境線。本当は税関の写真は御法度なのですが遠巻きならいいだろうと載せちゃいます。
ネウムは中世にヴェネチア共和国とラグーサ共和国(ドゥブロヴニク)との衝突を避けるためにオスマン朝へ割譲された緩衝地帯。その国境線の名残がユーゴ解体でも生かされたということだそうです。ボスニア・ヘルツェゴビナ唯一の海に面するところ。ここを通らないとドゥブロヴニクへはいけない。クロアチアからも物価が安いということで国境を越えて食材を買いに来る人も多いという。
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クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナの関係はボスニア紛争で一時期悪くなりますが現在では良好。ボスニア紛争では独立反対の立場からセルビアとの一番仲が悪いといった状況。
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ボスニア・ヘルツェゴビナと聞くと内戦、紛争、悲惨なイメージがわくがネウムは至って平和。クロアチアのアドリア海沿岸付近と大差はない。
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ボスニア・ヘルツェゴビナのお土産屋さんで休憩。この国旗を掲げる国のお客がお得意様のようだ。ボスニア・ヘルツェゴビナの通貨はコンベルティビルナ・マルカ(KM)。でもここでは特別にクロアチア・クーナ(KN)も使える。
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「MIKADOチョコ」はグリコがフランスに合併会社「LU」を設立したその商品名。他のヨーロッパ諸国でも見たことがある。確かに少し安かった印象。一般的にヨーロッパで「MIKADO」といったら「ポッキー」に当たるとのことですが。
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「SAPOROチョコ」。日本のイメージにチョコ?ヨーロッパのボスニアで?
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サッカーも人気。
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クロアチアに再入国し、スプリットから5時間、ドゥブロヴニクのホテルに到着。ホテル敷地内にプライベートビーチもある。
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ここで思わぬハプニング、ホテルにチェックイン中に我が家族3人の部屋が埋まってしまっていたというトラブルでスウィートルームが開いているからそこへといわれた。まさかスィートに泊まれるとは思わなかった。この部屋の他にもう2つある。
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夜景も綺麗。夢のようなひと時。
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スプリット観光:ディオクレティアヌス宮殿 その5 [クロアチア旅行記(14年6月)]

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今回でスプリット:ディオクレティアヌス宮殿編は終わり。
教会鐘楼から宮殿内を一望する。外壁内が宮殿内で外はスプリット市内。
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画像で当時の怖さを表現しきれないのは残念だが階段の隙間。鉄骨でも不安。
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途中にあった鳩の巣。
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鐘楼から降りてきたところでミサで司祭?の入場するところだった。
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この後お土産を買ってお昼を食べてバスへと移動した。
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赤いベスパがとっても似合う風景。
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