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台湾旅行記(09年8月) ブログトップ
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福州市‐台湾旅行記後日談 [台湾旅行記(09年8月)]

今回の旅は日本と中国、台湾双方の歴史関係を学ぶ旅だった。

また現在の両国の環境の違いも見て取れた。


中国福建省福州市

1、屋台で売ってる料理を食べるとA型肝炎にかかると言われた。
(地元の人にはなんでもないが、嘘かほんとか実際亡くなった方がいるという。実のところ、福州市で泊ったホテルの食事が不味かった。滞在中も特に美味しい食事にありつけなかった気がする。香りがきつい料理が多い。それが味を誤魔化しているように思った。)

2、バスの中でのマナー、携帯電話。列に並ばない。
(マナーなんてもんじゃない。携帯電話でも怒号のように叫ぶ。うるさい事この上ない。乗る時もチケット購入に列に並ばない。私利私欲の世界に感じる。)


馬祖、台湾

1、太った子供をよく見たような気がする。
(福州市と比べると…あくまで印象。)

2、エレベーターは右に並ぶ。
(ちゃんと並んでいるのがうれしい。)
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日本人向けの土産屋にあった二宮金次郎像。プラカードには「迷子になったから日本まで連れて帰って下さい。」とある。二宮金次郎像は戦前からあったそうなので間違いではない。
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台湾原住民族のT-シャツ。
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天皇両陛下、皇室御家族の油絵。見つけてびっくり!日本人向けにしても以前まで極左過激派だっていたんだし…。
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空港で見つけた蔣介石とその妻の宋美齢、孫文フィギュア。大陸からの観光客目当てだろうか。
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嵐の台湾 加油!台湾! [台湾旅行記(09年8月)]

2009年8月、台湾の台風8号被害はすさまじく、ちょうど訪れていた高雄県では土石流の被害で死傷者500人を越す大惨事となっていた。この台風災害は過去50年間の被害で最悪と言われている。不運というのか巡り合わせというのか、こんな日に台湾に観光に来ている我々は一体なんだろう。訪れた当時はそんなことが起っていたことも知らなかった。
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8月8日には高雄から列車で花蓮県に行き、アミ族の伝統舞踊を観る予定だったが、列車も止まって交通手段はなし。朝からホテルで数時間待つ。そして午後から旅行会社の計らいでバスをチャーターし、高速をひた走り、台北に戻ることに決定した。そしてこの日は高速道路から6時間近く台風に襲われる台湾の風景を観ていた。不謹慎にも田畑は海のようで電信柱だけが突き出ていて奇妙な光景だった。農作物の被害は大きい。
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高雄のホテルのロビーにあったパンフ。
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暴風雨の中、バスは台湾本島を北へ、日没前にホテルに着いた。そしてこれで全予定が終わった。明日9日早朝には空港に向かうだけ。
台湾は今も中国との新たな関係を迫られている。日本語ガイドをしてくれた陳さんは中国の一部にされるのだけは恐ろしいと話していた。台湾の若者はその危機感がなく、軽く感じているという。経済面では中国との関係はなくてはならないものになりつつある。平和的に独立ができればと話していた。日本も政府間の関わりはなく、台湾を中国の一部だと言っている。福州市と台湾を旅してみたが、人と国との違いを感じる。ウイグルやチベットのデモにしても、圧倒的な力の前に小さな国は押さえつけられてしまう。台湾の国連加盟を応援している。
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加油!台湾!台湾は中国の一部じゃない!中国は国として認めろ!日本政府もだ!
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嵐の台湾 その1 [台湾旅行記(09年8月)]

8月6日。故宮博物館の後、林森公園、芝山公園までバスで移動。
ちょうど台風8号の暴風雨で傘を差していても腰から下がずぶぬれになるひどい雨風が吹き荒れていた。この日から観光どころではなく、次の日、台湾新幹線で高雄に着いた直後から新幹線が運休する始末。台湾では台風休日というものがあり、公共施設で台風の直撃が予想される場合には休日になることがある。高速道路も無料になる。予定にあった高雄市歴史博物館も閉館。高雄港も台風でひどい有様。ホテルに帰って夕食まで待つことになる。
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8月7日、台湾新幹線の中から撮影。晴れていたら田園風景も眺められたろう。
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芝山公園の階段。バスの冷房に台風の暴風雨でレンズが曇る。
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ウィキペディア:『芝山巌事件』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%B0%8F%E5%85%88%E7%94%9F

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ホテルから台湾新幹線台北駅へ。地下街。台風休日の為かシャッターは閉まったまま。
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台湾新幹線はじつに快適で日本と大差ない。振動も騒音も小さい。
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高雄駅に着いた。
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鳳山県城跡。清朝時代の城壁。
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嵐の高雄港近くの海。
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巨像の衛兵 [台湾旅行記(09年8月)]

中正紀念堂の長~い階段を登ってたどりついたのは巨大な椅子に座った蔣介石の像。とにかくでかい。
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自分がいかに大きな存在かを国民に表す為だろうけど、独裁者の考えることって似通っている。リンカーンの座像にも似てるんだが、ここから台湾の未来を見守るというよりずっと見張られているような印象さえ受ける。
これじゃあヒトラーも金〇日も変わらん。
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そしてその像を守る為だけにいる衛兵というのも変わっている。仕切りの向こうは観光客も入れないよう別に警備が常に目を光らせていて、少しでもラインに近づいたり越えようとすると注意される。ガランとした空間に微動だにしない真っ白い人形のような兵士が立っている。巨像と対比すると遠近感がつかめないが、ただ像だけを守るためにその衛兵は毎1時間の交代までずっと動かないで立っている。その光景は異様に見えた。
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そして正午の交代式が始まった。いつの間にやら3人の兵隊がいて、ゆっくりとやってくる。歩く動作の一つ一つが一旦止まってはシンクロする。ピカピカにメッキされたヘルメットに銃剣を着けたM1ガーランドライフルをガチャガチャいわせながら。格好はアメリカ兵のようだが、これも国共内戦でアメリカから武器供与を受けていた名残からだろう。
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片手でくるくる小銃を回す。観てる方もなんだか怖い。
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最近では中正堂紀念館を取り巻く環境も大きく変化している。中華民国と国民党の忠誠を誓うような場所から、公共イベントの会場に使われたり、本省人の独立を願う集会もここで行われているそうだ。

このあと故宮博物館に行ったんですが、ここでも驚くことは多かった。山一つをくり抜いて敵のミサイル攻撃にも耐えられるように設計されている。
収蔵品は70万点。数か月に一度、展示品の入れ替えがあるが、全てが終わるまでに20年近く掛る。そしてこの収蔵品全ては台湾にあったものではなく、大陸から蔣介石が持ち運んだものなのだ。国共内戦で敗走していったにも関わらず、こんな数の宝を台湾に運ぶなら難民でも軍隊でも運んでくればよかったものを。
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台湾総統府‐中正紀念堂 [台湾旅行記(09年8月)]

総統府は日本で言う国会議事堂みたいなところ、現在でも台湾の政治の中枢。日本統治時代は台湾総督府。西洋列強に対して日本の統治者としての威厳を表わす為、また永遠に使われることを目的とし、地震が多い台湾だけに基礎工事だけで1年を掛けた。赤レンガの壁に花崗岩の白石を帯状に配した西洋古典様式で1919年に完成。後少しで建築100年!
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当時の日本は仮議事堂でしのいでいたので総督府ができた際「無駄に大きい」と批判を受けた程だったそうだ。現在の日本の国会議事堂は1936年に完成したそうだが、こちらの建築の方が美しいように思う。第二次大戦末期には米軍の空襲で破壊されたが戦後も利用を考えられていたのか、徹底した被害は受けなかったようだ。

日本統治の象徴のように思われるかもしれないが中華民国が接収し、利用を考えていたので「まあまだ使えるし…」といった意味で残してあるのか?サハリンの樺太庁舎は戦利品として扱われているようだし、朝鮮総督府は支配の象徴だとしてほとんど取り壊されている。日本人としてはどうにも複雑だ。
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外国人が入るにはパスポートをチェックされ、手荷物、カメラは預けられ金属探知機をくぐって入る。テロを警戒してか自動小銃を手にした憲兵が周りを警備している。中は台湾総督府時代の歴代総督から現総統の紹介。日本語のガイドさんは中でも上下水道やインフラ整備や農地改革をした児玉源太郎と後藤新平、水力発電や台湾人の教育法を改訂した明石元次郎の名を挙げて紹介してくれた。統治時代を嫌う微塵もなく、その業績は評価してくれている。総統府の建築の紹介もあり、誇らしげに語っていた。
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実は正面ではなくて西側でした。

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外に出た後で大雨に降られました。実は台風8号が近づいていた頃のこと。


ウィキペディア『中正記念堂』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%AD%A3%E7%B4%80%E5%BF%B5%E5%A0%82
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主に蔣介石をたたえる建物なんだが、いかに大きな権威があるかのような威圧的な建物の印象。1階は蔣介石ゆかりの展示や辛亥革命の展示など。天井が非常に高い。特に2階は圧巻の蔣介石の巨大像。

『蒋介石』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%92%8B%E4%BB%8B%E7%9F%B3

中国近代史についてもそうだが蔣介石の人物像についても謎が多い。若い頃は日本に留学していた頃もあったし、中国に侵攻していた日本軍より反共産党だったという話がある。台湾にとっては馬祖では島の防衛の英雄的扱いだし、本島にとっては228事件や恐怖政治の中心人物だし、本省人には忌み嫌う存在であるには間違いなさそうだ。
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蔣介石の像と記念写真。大陸からの観光客?
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乗ったことがあるとされる車。今までアメ車って見たことなかったがものすごく大きい!
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この後、正午の衛兵交代式を見学。
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台北の街角 [台湾旅行記(09年8月)]

さあブログが台湾だらけになってきたところで、ここで頑張ってみます。
孔子廟の後で近くの商店街へ。外国へ行くとこういった露店が密集したような場所は危なく感じるんだけど、ずいぶん安心して歩けた印象。娼館みたいな所や、大人のおもちゃが堂々と露店で売られていたり、少々いかがわしい所はあったけど…近くを子供が歩いていたり、ずいぶん大らかな雰囲気。台北駅前の写真も混じってます。
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露店で売ってた中古DVD、日本の歌謡曲もある。台湾のテレビは多チャンネルで日本のテレビ番組も字幕付きで観られる。NHKはもちろんのこと、芸能界にも詳しいのはそのためだ。
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明らかに日本人観光客目当て…。
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台北孔子廟  [台湾旅行記(09年8月)]

孔子とその弟子や聖人、偉人を祀った台北の孔子廟。学問の神様として台北市民から篤く信仰されている。受験合格祈願の若者から御老人まで参拝に訪れます。入場は無料。お香が煙たいくらいの人の多さ。
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お供え物を売る出店。日本人目当ての土産屋をいくつか回ったけど、あの台湾笠というやつが個人的に欲しかった。麦わら帽子のコレクターになりたい。
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ニニ八記念館 その2 [台湾旅行記(09年8月)]

日本の戦局悪化で台湾の人たちも巻き込まれる形となってしまった。
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敗戦で台湾に住んでいた日本人は日本へ強制送還されることになる。台湾に残ることを望んだ日本人もいたが、資産の持ち出しも制限された。
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ここから台湾の戦後が語られる。日本統治時代の工場や物資、引揚者の資産はすべて中華民国が接収することになる。

ウィキペディア『中華民国の歴史』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E6%B0%91%E5%9B%BD%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2#.E4.B8.AD.E8.8F.AF.E6.B0.91.E5.9B.BD.E3.81.A8.E5.8F.B0.E6.B9.BE
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進駐してきた国民党軍の腐敗は日本統治時代を受けた本省人には耐えがたいものだったらしい。
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ニニ八記念館 その1 [台湾旅行記(09年8月)]

日本統治時代から戦後台湾の民主化運動までの歴史を後世に伝える資料館です。

台北駅からほど近いニニ八和平公園の中にその記念館はあります。
台湾戦後史最大の悲劇の舞台である旧ラジオ局の建物を改築したものです。

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ウィキペディア『二・二八事件』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E3%83%BB%E4%BA%8C%E5%85%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6

1945年8月15日に日本はポツダム宣言を受諾。それまで日本領だった台湾を放棄することになる。日本統治下の台湾市民は異民族の支配からの解放を喜んだ。しかし同じ民族である進駐してきた中華民国の軍隊は、期待とは裏腹に敗残兵のような姿に幻滅してしまう。
解放者と称する兵隊は椀飯振舞にたむろし、強盗や婦女暴行事件が続発。日本統治時代からあった台湾の物資は大陸へ運ばれ、物不足が深刻化、物価は高騰。台湾人の反感を買うようになる。そして1947年2月27日、闇タバコを売っていた老婆に売上金まで没収する役人が暴行を加える事件が発端となり、そのことに抗議をした民衆に憲兵が発砲、死者が出たことで本省人の怒りが爆発。デモ隊はラジオ局を占拠して放送を通して台湾全土に決起を呼びかけた。「台湾人よ立ち上がれ!」と。
放送は軍艦マーチに日本語だったという。

戦後大陸から来た人は外省人と呼び、終戦前からいた台湾人たちは本省人と呼ばれた。本省人の反乱に蒋介石は大陸から鎮圧部隊を派遣。国共内戦でアメリカから武器援助を受けていた軍隊は無差別虐殺を開始する。犠牲になった本省人は2万~3万名ともいわれるが、現在もその数は不明。反乱の鎮静化後も厳戒令は続き、秘密の会合や集会の禁止、言論統制から事件を語ることは民主化される1988年までタブーとされた。

解放の時を喜んだ戦後台湾の長く暗い恐怖政治の始まりだった。現在でも家族を犠牲になった人や危険分子で拷問を受けた人は蒋介石を恨んでいる人が多い。記念館を案内してくれたのは80代の日本語教育を受けたお爺さんでした。
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戦後、中華民国の教育を受けて言語が北京語に変わり、恐怖政治の終わる頃にまた日本語を勉強し直したという。2時間にわたり日本語で案内してくれてとても勉強になりました。
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よくも悪くも日本統治時代を客観視した展示スペースだったように思います。
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『皇民化運動』。これが今でも議論されている。
「日本人との差別をなくそうとしていた。」⇔「アイデンティティ、文化を奪うもの。」
台湾人については言葉と信仰を奪うものなってしまった。しかし台湾原住民の他部族間のコミュニケーションに成功しているし、現在でも日本語で会話をする部族がいる。
戦後は中華思想でまた言語を代えられてしまう。現在では福建方言の北京語ベースの日本語混ざりといった複雑極まりないので、複合して台湾語と変化している。

でも日本人がアメリカ人化で英語が公用語にされるのは嫌だろうな。「文化風習を押しつけられる」と「見習い参考にする」ではまた違うだろうし。
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馬祖島から台北へ。 [台湾旅行記(09年8月)]

これで台湾馬祖島篇も終わり。8月5日早朝より飛行機で台北へと向かいました。
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ホテルの窓から。朝起きるといつの間にか兵員輸送車が止まっていた。上陸の訓練でもするんだろうか。
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飛行機で約1時間で台北の空港へ。プロペラ機は初めて。
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バスの中でもらった梅の実が入った飴。台湾の国花は梅の花だそうです。ちなみに中国は牡丹の花。
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台湾の女子高生。白シャツにスカート。
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本当はフェリーを利用して半日掛けて台湾島へ行く予定だったけど、おもわぬ時間ができた。ガイドさんと合流後、日本人限定(?)のお土産屋によってお茶を御馳走になり、買い物もしてホテルへチェックイン。その後すぐ近くのニニ八和平公園へ。
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台北に着いた時の第一印象は大都会。スクーター天国といった感じでした。それにしても駐車が綺麗。
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