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近況ながら日記など。 [日記]

この三か月ほど旅ブログ更新が途絶えておりました。

申し訳ありません。

とういうのも
暇を持て余した旅ブログがいつの間にか仕事も忙しく成り、私生活でも忙しくなったので更新も精一杯になっていました。

実は恥ずかしながら、GW前あたりからネットを通じて知り合った彼女ができていたのですが、とある事情で別れることになったのです。

彼女のことはそう話は言えないのですが、少々身内にトラブルを抱えた子だったのですが、それが自分をも巻きこむ恐れがあったので、怖くなったので別れることになったのです。彼女自身もこちらの要求に応えられない不器用な子だったわけですが、僕にも何かしら悪いところはあったと思います。恥ずかしながら初めての彼女だったし、年も考えて結婚を意識した付き合いだったのですが別れることになりました。

旅ブログは一応15年の旧満州旅行は終わらせるつもりです。
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長春市内観光 その4 満州国皇宮 [中国東北部、旧満州の旅(15年6月)]

忙しいのでブログ更新進まないですね。(._.)もう二年も前の話なのに。
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緝煕楼(しょうきろう)の後で溥儀の公務、式典が開かれた勤民楼へ。
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溥儀の玉座。
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長春市内観光 その3 満州国皇宮 [中国東北部、旧満州の旅(15年6月)]

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ここから偽満州皇宮内の溥儀の生活がうかがえる緝煕楼へ。
中国西部地方から来たのかイスラム帽を被った観光客もいた。
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長春市内観光 その2 満州国皇宮 [中国東北部、旧満州の旅(15年6月)]

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東本願寺の後で偽満州皇宮博物院へ。
愛新覚羅溥儀の宮殿として整備された。戦後は主を失い荒廃するも中国政府により日本の占領政策の歴史を展示するという趣旨の博物館として整備。現在でも『満州』の前には『偽』をつけてその国の存在を消している。
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正門から。
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面積は4万3000㎡。紫禁城は行ったことはないにしても、機能的に小さくまとまった宮殿といった印象を受ける。すべてを回ったわけではないのであくまで感想。
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長春市観光 その1 [中国東北部、旧満州の旅(15年6月)]

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長春西駅からバスに乗ってレストランへ、昼食。満州国当時は新京と呼ばれた首都だった。
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昼食後に満州映画撮影所へ。敷地内に展示されている旧日本軍の砲架。九二式歩兵砲?
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ソ連軍か中国軍のだと思う大砲。122mmクラス。
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満州映画撮影所。映画協会ができたのが1937年。1939年にこの満映の理事に就任したのが甘粕正彦という人。
関東大震災の混乱時に憲兵隊分隊長で独断で白色テロを起こした人だが、なぜか映画協会理事に。社内の待遇をよくして終戦には中国人社員に礼を言ったという。この建物の二階中央が理事長室で出勤する社員を見張っていたそうだ。
終戦後は長春電影制片廠に。現在でも映画制作の現場である。
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李香蘭(山口淑子)は当時の看板スターだったが2014年に亡くなっている。

何日君再來-李香蘭(1939)
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終戦時は噴水があったそうだが現在は毛沢東像が建っている。毛沢東像は中国国内でも数は少なくなっている。
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近くの幼稚園児の遠足か団体。
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偽満州国務院。バス車内から。
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新京時代は東本願寺。旅行当時は敷地内が駐車場にされていたが、文化財保存指定が決定されたそうで修復工事に入ったところだった。
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哈爾濱西駅→長春西駅 [中国東北部、旧満州の旅(15年6月)]

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雨の哈爾濱市内、今日は長春へ移動する。哈爾濱で雨が降ることは珍しいのに観光中に二回も雨があった。
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渋滞にはまるのを恐れて早めに出発。中国の学校ではジャージ登校が一般的だそうだ。
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哈爾濱西駅に到着。
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高速鉄道の券なのにモギリで通過しました。
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車内雑誌
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植田正治さんの特集記事発見。
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一時間ほどで到着。吉林省長春。
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長春西駅は2012年開業新築駅。
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ジャッキー・チェンは成龍と表記されるがジャッキーのお酒?香港映画のスターだが返還後は共産党へ媚びた広告塔として扱われている。
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ハルピン市内観光 その5 [中国東北部、旧満州の旅(15年6月)]

ヤマトホテルは南満州鉄道会社が経営していた高級ホテルブランド

哈爾濱ヤマトホテルは1903年に東清鉄道ホテルとして建てられたもので、日露戦争中は司令部が置かれ、戦後1907年からロシア軍将校クラブ。35年に満州国が買収、経営委託を満鉄に移行した。
ハルピン駅前という好立地。
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雰囲気は1930年代のアール・ヌーヴォー。タイムスリップでもしたかのよう。
現在は中国共産党幹部も利用する場所なので下手に人を撮るなと言われた。(共産党幹部と一緒に癒着している人がばれると逮捕されるかもしれないので。)
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哈爾濱駅前。
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ここから哈爾濱駅の画像。
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安重根記念館。哈爾濱駅向かって左の駅舎内に記念館が建てられたのは2014年のこと。ここ哈爾濱駅内、ときの初代内閣総理大臣、伊藤博文が安重根によって銃殺されたのが1909年。暗殺の舞台となったこの場所に記念館とは国際問題になりそうなのだが、中国政府としては静観している様子。記念館運営は資金繰りから閉館が続いているという。よくわからないのは韓国の立場で、テロリストではなく、反日の英雄を賞賛してなにが悪いという姿勢を貫いていることだ。
しかもここ哈爾濱に記念像設立を中国政府に要請していたのは朴槿恵だったという。
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この後ヤマトホテルに戻って夕食になりました。
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ハルピン市内観光 その4 [中国東北部、旧満州の旅(15年6月)]

スターリン公園、松花江防洪記念塔から南へ少し歩いて中央大街へ。『東方のパリ』と称された西洋風のロシア統治時代の建物が残された通り。とてもアジアイメージとはかけ離れたヨーロッパの町並みが広がる。わざとらしさは微塵もない。
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ハローキティは中国でも人気。ハローキティパークというちゃんとサンリオが許可したテーマパークもある。休憩で入った喫茶店で。英語が通じず、四苦八苦。うっかり集合時間ギリギリですぐに出る。
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ゲンゴロウみたいなもまであるがこれも食べるのか?
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ハルピン市内観光 その3 [中国東北部、旧満州の旅(15年6月)]

黒竜江省、ハルピン市内を流れる松花江スターリン公園へ移動。
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ハルビン市はポプラの樹が多く、丁度6月は花が咲いてそこらへんに種が飛ばされていた。
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満州国時代はスンガリ川。アムール川最大の支流。スターリン公園。
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公園を歩くと物々しい迷彩服姿の団体が。清掃活動などをする市民も混じった行進。一般市民も混じっているので緩い感じに歩く。
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ポプラの種。
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ハルピン市内観光 その2 [中国東北部、旧満州の旅(15年6月)]

ハルピン市内は中国国内でもヨーロッパ建築が多い所。ロシアの影響下にあった時代が20世紀初頭。満州国家建設が1932年。白系ロシア人の移民も多かったが中にはナチスの迫害を恐れて移民してきたユダヤ人もいた。日本の傀儡国家だったが新国家建設に援助もあって近代的な建物が次々と建ったという。
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ロシア人と満鉄社宅、現在中国人が住む建物を後にした。
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聖ソフィスカヤ大聖堂へ。1907年、帝政ロシアの兵士の為の軍用教会として建築。当時は日露戦争の2年後。
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時々ウェディング姿の人がいた。
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中はというと20世紀初頭の建築時の写真の展示。
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今は使う人も読める人もいなくなったという満州文字。
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